大判例

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浦和地方裁判所 平成4年(わ)200号 判決

本籍

千葉県柏市あけぼの三丁目一八四番地

住居

埼玉県岩槻市加倉一丁目三一番五七号

鯉のぼり製造卸売業

橋本正治

昭和二年八月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官日髙八雲及び弁護人難波幸一各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金四二〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、埼玉県岩槻市加倉一丁目三一番五七号に居住し、同市本町五丁目八番一五号において、「正鯉」等の名称で鯉のぼりの製造卸売業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、所得金額をことさら過少にするなどの方法により所得を隠匿した上、

第一  昭和六二年分の実際総所得金額が一億一四七八万六〇三五円であったのにかかわらず昭和六三年三月一一日、群馬県前橋市表町二丁目一六番七号所在の所轄前橋税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が二七一万円で、これに対する所得税額が二〇万四三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六一一三万九〇〇円と右申告税額との差額六〇九二万六六〇〇円を免れ、

第二  昭和六三年分の実際総所得金額が九五〇五万三〇五九円であったのにかかわらず、平成元年三月一三日、前記前橋税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が二四六万円で、これに対する所得税額が一七万六六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四七四八万七四〇〇円と右申告税額との差額四七三一万八〇〇円を免れ、

第三  平成元年分の実際総所得金額が七四九四万五五五一円であったのにかかわらず、平成二年三月一四日、山形県米沢市門東町一丁目一番九号所在の所轄米沢税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が一一七万六二〇〇円で、これに対する所得税額がない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三二八九万四〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  橋本英三の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の告発書、売上高調査書、期首棚卸高調査書、仕入高調査書、外注費調査書、山形工場分原価調査書、工場分減価償却費調査書、期末棚卸高調査書、租税公課調査書、荷造運賃調査書、水道光熱費調査書、旅費交通費調査書、燃料費調査書、保険料調査書、通信費調査書、修繕費調査書、減価償却費調査書、福利厚生費調査書、交通費調査書、消耗品費調査書、事務用品費調査書、地代家賃調査書、給料賃金調査書、支払手数料調査書、雑費調査書及び短期譲渡所得調査書

判示第一及び第二の事実について

一  前橋税務署長作成の回答書

一  大蔵事務官作成の申告事業所得調査書

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の事業専従者控除調査書

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の貸倒額調査書

判示第三の事実について

一  米沢税務署長作成の回答書

一  大蔵事務官作成の給与所得調査書

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条に該当するところ、同条一項を適用して、いずれも所定の懲役と罰金とを併科することとし、情状により、同条二項を適用して、罰金額を、いずれも免れた所得税の額に相当する金額以下とすることとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により、各所定の罰金刑を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金四二〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、埼玉県岩槻市内に居住し事務所を置いて、鯉のぼりの製造卸売業を営んでいた被告人が、

1  最近は子供の数も減り、また、住宅事情の変化に伴い鯉のぼりを立てる家も少なくなり、鯉のぼりの需要が年々減少してきていたので、今後この商売を続けて行けるものか不安を感じていたこと、

2  娘婿夫婦に商売を手伝わせていたが、老後の面倒を娘婿夫婦にみてもらうことは期待できなかったこと、

3  自分が元気に働ける内に、将来のためにできるだけ財産を蓄えたかったこと、

4  一度脱税して隠し金を作ると、今度はそれを増やすことが楽しみになってしまい、より多くの金が欲しくなり、正直に所得を申告して高い税金を払うのが馬鹿らしくなったこと、

などを主たる動機として、判示の各ほ脱行為を行ったものであるが、そのほ脱の手段として、実際には居住していない、前橋市、米沢市にそれぞれ住民登録をして、納税地を変えることによって事業実態を隠していわゆる

「つまみ申告」をしていたものである。

二  その結果、

1  昭和六二年分においては、正規の税額が六一一三万九〇〇円のところ、六〇九二万六六〇〇円のほ脱をし、そのほ脱率(ほ脱税額÷正規の税額)は九九・六パーセントとなり、

2  昭和六三年分においては、正規の税額が四七四八万七四〇〇円のところ、四七三一万八〇〇円のほ脱をし、そのほ脱率は九九・六パーセントとなり、

3  平成元年分においては、正規の税額が三二八九万四〇〇〇円のところ、全額のほ脱をし(そのほ脱率は一〇〇パーセント)、ほ脱税額の合計は一億四一一三万一四〇〇円となり、ほ脱率の平均は九九・七パーセントとなった。

(なお、本件所得の確定は、損益計算法により、その計算の詳細は、別紙「修正損益計算書」のとおりであり、そのほ脱所得の内容の詳細は、別紙「ほ脱所得の内容」のとおりであり、そのほ脱額の計算の詳細は、別紙「脱税額計算書」のとおりである。)

三  以上、本件犯行の動機については、遊興費欲しさ等の不純なものでなかったにせよ、特に、源泉徴収制度のもとでその所得を完全に捕捉されている納税者との比較において考えても、これが正当化できるものではなく、また、本件のほ脱額の合計が一億円を大幅に越えていること及びほ脱率の平均が一〇〇パーセントに近いことに加え、ほ脱の手段も巧妙なものであった点等から考え、悪質な事案である。

加えて、本件犯行は、納税者の高い倫理性を前提としてはじめて成り立つ申告納税制度を覆す行為であり、租税の公平負担の原則を害し、国家の課税権を侵害し、引いては租税収入の減少による国全体の損害に及んでいる点から考え、被告人の刑事責任は重いというほかない。

四  しかしながら、被告人には、次のような有利な事情も見受けられる。

1  その本件犯行の動機は、前記のとおり、到底正当化できるものでなかったにせよ、将来の不安に駆られてのものであるだけに、全く同情の余地のないものともいえないと考えられる。

2  そのほ脱の手段は、前記の限りで巧妙ではあったが、近代的な経営システムとは無縁で、メモ程度のものを除き本格的な帳簿も作成されず、その結果、被告人自身正確な収入・経費を把握しておらず、本件の所得税の確定申告に当たっても、いわゆるどんぶり勘定的なものであった上、前橋市に住民登録をしたのは、そこに工場を作る話があったからでもあり、また、米沢市に住民登録をしたのは、下請業者がいたからでもあるなど、計画性と作意性の点でさほど悪質ではなかったと考えられる。

3  伝票や請求書は、被告人がそのまま保管しており、これを隠匿するなどの罪証湮滅工作をしなかったため、これらは皆税務当局に提出され、本件脱税調査に役立っている。

4  本件納税については、既に、修正申告をした上、本税計一億四一八一万七三〇〇円を支払い、また、延滞税計三〇三九万二八〇〇円と重加算税計四九三〇万四五〇〇円を支払い、以上の合計が二億二一五一万四六〇〇円となった。

そうすると、昭和六二年から平成元年までの被告人の実際総所得は合計二億八四七八万四六四五円であるから、その大半を支払ったこととなる(なお、本件罰金の四二〇〇円を支払うと、支払合計は二億六三五一万四六〇〇円となり、右実際総所得合計二億八四七八万四六四五円の九二・五パーセントを支払うことになる。)。

5  本件を起こしたことについては、申し訳なく思い、二度とやらない旨誓い、かつ、本件以後は帳簿も付け、税理士に委任して適正な申告・納税を行っているなど、反省の態度を示している。

6  個人営業で、被告人が中心となって経営してきているので、被告人がいなければ、その経営自体が成り立たなくなるおそれがある。

7  これまでに、何等の前科前歴を有せず、数十年にわたり、主として鯉のぼり製造卸売業の仕事を真剣にやってきている。

五  以上の被告人にとって不利な事情と有利な事情とを比較総合するときには、わずかばかりではあるが、後者の事情の方が勝っていると考えられるので、懲役刑については、今回に限ってではあるが、その執行を猶予することとし、主文のとおりの量刑とした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年六月及び罰金四二〇〇万円)

(裁判官 大島哲雄)

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